茶の湯の炭
近年は便宜性を優先するせいか、電熱器の発達でホテル等でのお茶会のみならず、目頃のお稽古まで火を使わない方が増えているようです。
南方録の冒頭に「薪を取り湯を沸かし」とある事も周智の事ですし、利休の言葉として盛んに湯相、火相を事細かに述べているのは茶の湯という言葉が示す通り決しておろそかにしてよいことではないように思われます。釜の煮え音を松風と称する事はご存知かと思いますがその他にも各種の表現で煮え音、沸き具合等を表わしてきましたがこれをスイッチのオンオフで済ましてよい事ではないと思います。
時の移ろいの無情感を感じるために、利休が当時、白炭といわれていた軟らか炭であるクヌギの炭を用いられたと聞いております。
こうして使用した炭が燃えて出来るのが「灰」です。
茶人は火事になると真っ先に灰を持出した、ともいわれる灰ですが、火事になれば全てが「灰」になってしまうのにと思われなかったでしょうか。茶湯で使う灰は昨日今日炭から灰になったものではなく永年茶人が端正込めて手入れしたものであるからなのです。
手入れの仕方に関しては別の機会に譲るとして「灰」は茶人の手掛ける唯一の道具と云ってもよく、人をもてなすために丹精込めて仕上げるものなのです。
灰はそれを見ればその人の茶に対する心入れが判るとまでいわれるほどの道具です。良い灰ばかりは金銭で求める事が出来ないため昔から茶人はとても大切にし、箪笥に仕舞うとまでいわれています。火事や水害の際真っ先に灰を持出したともいわれるくらいですからその大切さがうかがえます。なぜそこまで灰に拘るかというと、「灰」は茶人の最も気持ち入れをする「湯相、火相」に大きく関わるからです。
炉に用いる灰と風炉に用いる灰はおのづと異なってきますが、いづれの流儀も「風炉」に用いる灰は肌理(きめ)が細かく柔らかな「帛紗灰」などを用い「炉」には「霰灰」「粒灰」を「湿し灰」にして用います。
炉、風炉とも手入れを良くし長年たった灰は見事なもので侘び茶人の求める理想はそこに現れるといっても過言ではないでしょう。
また、灰に至っては毎年手入れを欠かさず、永年使用してきた灰はその灰を看ただけで頭が下がるものです。
茶事の初座はこれら亭主の思いを受け止める意味でも重要な事柄が多くちりばめられています。炭の美しさ、灰の手入れをことのほか賞翫し、賞賛したいものです。
茶湯では、茶席を清めるべく茶会の前や炭手前の後に風炉中または炉中に香を焚き、床の掛物に対する献香や香道の形式を取り入れた聞香も行ないます。すなわち茶湯の香には宗教性と嗜好性の両面があり、茶湯独特の焚香の世界が成り立っています。
炭手前では、炉中や風炉中に香を焚きますが、香の種類にも炉・風炉の区別を付け季節を楽しむ風情もあります。