石州流を学ぶ人のための茶道具基礎知識5 炭手前
茶の湯において、どの御流儀でも最も大切な道具の一つが灰と云われています。茶の湯の灰を見ればその茶人の力量、茶歴、お茶に対しての考え方が判るとまで云われています。
茶道では、火相、湯相を整えることが最も大きい「ならい」であり石州流でも「灰」の伝授は重要視されてきました。
手引きの糸に載る灰形の図 |
上記灰形の再現。 |
ところが、縁あって、石州流を学ぶこととなった皆さんは残念ながら、その機会を得ることが少ない、またはほとんど出来ないと感じることが多くありませんでしたか?
炭手前を習得するには、灰形を作ることが重要な作業となっていきます。
流派によって若干異なりますが、石州流の伝統に則った美しい灰形が有り、ほぼ再現を完成しています。
良い灰形は美しいだけでなく、火の熾りもよく実用を兼ね備えています。
理にかなった石州流の灰形を是非習得しましょう。
・茶事の炭道具
石州流茶人としては絶対欠かせない心得の一つが「炭手前」です。
まずは茶事の流れで解説をしていきましょう。
茶事の前半「前席」では「風炉の時期」では懐石が済むと「初炭手前」となります。(炉の時期は暖を取る目的もありはじめに炭手前があり後懐石です。)
炭手前は茶湯でもっとも大事な「湯相(ゆあい)・火相(ひあい)」を整えるためのものです。
後座では濃茶と薄茶の間に「後炭」を行います。
1. 炭斗
炭を入れ亭主が最初に持出す道具と云えば「炭斗(すみとり)」です。
利休以前の好物はないようですが、これは紹鴎、利休の頃から、人に見せる「炭手前」が形作られるようになったといったことが主な理由ではないかとも考えられます。
「利休好」では「鱗籠」(主に風炉用)「油竹」「達磨」(主に炉用)があります。
他に「台子炭手前」に用いる「神折敷」(利休好は杉木地、元伯宗旦好は一閑塗)や祝いの席、初釜などに用いる「炭台」がありこれは千家七事式の「廻り炭」にも用いられます。
また水屋用として「桑箱炭斗」などがあります。
→ 茶道具一覧・炭道具(炭斗)
2. 羽箒
炭道具の中でもよく目立ち、脚光を浴びる物に「羽箒」があります。
「青鸞」を最上とし「朱鷺」「鶴」「鷲」「鷹」「雁」「白鳥」「鴻鳥」「鷺」など今では貴重な大型鳥類の羽根を使用します。
炉風炉・本逆・八炉などにより右羽、左羽を使い分けるほか,「真の炭」用には左右同じ「諸羽(もろは)」を用いる事もありますが、兼用ではありません。
→ 茶道具一覧・炭道具(羽箒)
3. 火箸
火を直し炭を次ぐのに用いるのが、火箸です。古くは「火筋」とも呼ばれ、「台子飾」の一つでした。
火箸については『茶事秘録』に「古ハ共柄ノ火箸ノミナリシカ、利休カ比ヨリ桑柄ノ火箸出来シトナリ」
とあって、元来は共柄の飾火箸だけであったものが、利休のときになって桑柄が出来たといいます。
利休が「炉、風炉」の区別を付け火箸を好んだとされ、袋打ちにした金の火箸を「風炉用」に、桑の柄の付いた物を「炉用」にと好まれました。
『茶道篁蹄』には飾火箸の頭には丁呂木、鳥頭、椎頭があると書かれています。
現在ではその他にも、宝珠、蕨、渦、輪、花などに頭を付けたものがあって 鉄、銅、砂張をはじめ金、銀、使い、象嵌や透かし、朧付などの装飾されたものがある。炉、風炉のない時代(台子書院の茶)では一般で言う「飾火箸」を杓立に用い使用しており古い形であったと想像できます。
明珍や金盛徳元をはじめ、千家十職の中川浄益や大西清右衛門が好みの火箸を造っています。
各流儀、歴代家元により様々な好物が作られます。
水屋用として「長火箸」があり大小は炉風炉の区別とも言われており、手前により席に持ち出すこともあります。
→ 茶道具一覧・炭道具(火箸)
4. 釻(カン=金偏に丸・鐶)
釜を上げ下ろしするのに用いるのが「釻(鐶)」です。
元々は釜に付いたままになっていた物のようですが、炭手前の都合上、はずされた物と思われます。ですから掛けはずしの出来るよう、一箇所が切れた形になっています。
昔は小間の仕付棚などに羽箒とともに飾られたのは香合ではなく「釻」。炭道具として重要な役割を果たすものと考えられていたのでしょう。
釻について『源流茶話』に、
「古へより右くわん・左くわん・両合、錠はり・雲龍仕付のくわんなり、右釻・左釻ハ左右之勝手により用ゆ、両合ハ左右ともにあひ候故に両合と申候、錠はり釻ハ錠はりのくわん付キに用ゆ、雲龍仕付くわん・鏊取手・三味線耳ハ皆ふくさにあしらひ候」
とあって、釻には右釻、左釻、両合釻、上張釻、雲龍釻、仕付けの釻などがあるといっています。
普通、右側に掛ける方は鐶付に向こうから手前へ、左側はその逆、手前から向こうへ鐶を掛けます。これが本勝手用、逆になった物は「逆勝手用の鐶」です。これを左右の釻と著していると思われます。
「巴釻」や「轡鐶」など左右のないものが「両合釻」にあたります。
鑑賞のポイントが多く、楽しめます。無作も少なくありませんが、作者としては徳元・理忠・明珍が著名で在銘も少なくありません。
また形も単純な輪ばかりではなく「卍」「」「巴」「蜻蛉」「常張鐶用の鐶」「糸振」などさまざまで、丸でも「釻」「」「割釻(相生釻)」などがあり、さらに素紋、空打(素張・中空)、金銀象嵌七宝の装飾を施したものなどがあります。
材質は「鉄」が主ですが「南鐐」「砂張」などがあり炭手前中の見所として楽しめます。
他に「真鍮製」の物は水屋用として釜の持ち出しなどに常用しましょう。これは釜を傷めないための心得です。
→ 茶道具一覧・炭道具(鐶)
5. 釜敷
最後に釜敷について
寛永三年(一六二六)に出版された『草人木』に次のような記述がある。炭手前のときに炉中より釜を引きあげたときの作法である。
昔の釜すヘハ組物也、当世ハ紙也、紙の上に釜をけは、紙しめりて釜の底に付、居なからにしれは、必かみもミくさと成て悪し
昔は組物の釜敷しかなかったが、当世は紙になってしまったので、紙に湯あとがついてもみくしやになるといっている。では紙釜敷を考案したのは誰かといえば、『源流茶話』は利休の名を挙げている。四つ析りにして使用する方法は現在と同様であるが、現在のように初炭は紙、後炭は組物を使用する仕方がいつ頃考え出されたかは不明である。
釜敷の好みとしては利休形の檀紙をはじめ、紐や藤による組物などがある。その他、歴代好みの紙釜敷には各種多様なものがあります。
古来日本での臼は突き臼で回転式の臼は中国からの輸入品で「唐臼」と呼ばれ、この臼の隔てからヒントを得て武野紹鴎が作らせたのが「釜敷」の始まりといわれています。この「唐臼」の代表は「茶臼」です。後に現れる「紙釜敷」に対して籐等で編んだ物が多く「組釜敷」とも呼ばれます。籐を編んだ唐物、または唐物編みにした物が基本形ですが「紐組」や「円座」と呼ばれるちょうど「腰掛待合」に使用する円座を小さくした物のような物などもあります。
釜敷も唐物で時代を経たものが喜ばれ、茶人の花押などあれば格別、重宝されます。
流儀茶では釜敷に紙釜敷を用いることが多く、これにも流儀や茶匠により、好みが加わります。また茶匠好みの炭道具には名称や由来などさまざまで、桜皮炭斗、松山龍炭斗、糸釜敷、金入り灰器など枚挙にいとまがありません。
先に述べたように、炭斗の中に道具炭を始め多くの道具を仕組で持ち出すのに道具が多くなりすぎた、ということで利休は「吉野紙」を重ねて四つ折りにし懐中して持ち出したのが「紙釜敷」の始まりといわれています。
紙の単位が昔四十八枚を一帖としたところから、紙釜敷も四十八枚を正式としますが、現在の物は三十枚程度の物が多く出廻っています。好によっても枚数が異なる場合もあります「美濃紙」をはじめ「杉原紙」「檀紙」等があり白を基本としますが色彩、文様を取り入れた物など多彩です。他に竹をスライスした物(元伯宗旦好)などもあります。極侘びた道具の一つでしょう。
茶会などで「炭手前の省略」を形式上表すため、香合を載せ床の間に飾ることも多く「点前用」と「床の間用」を区別する場合もあるようです。
別に水屋専用として桐の板を用いた「板釜敷」があります。箱炭斗に組んで持ち出す物です。
→ 茶道具一覧・炭道具(釜敷)
6. 灰器
寛永十八年(一六四二)正月十日朝、伏見の小堀遠州の会に片桐石州・伊丹玄斎・藤林宗源・松屋久重ら五人が招かれました。
『松屋会記』によれば、席は突き上げられた窓が三つ開けられた四畳台目です。席入りすると、床には無学祖元の墨蹟が掛かり、炉には姥口釜が懸かっています。
炉中をみると「灰ミゾレ、大キサ二分ツヽ程アク」と二分ほどの大きさのミゾレ灰が置かれています。ややあって懐石が出され、菓子まで終わったところで初炭をはじめます。
「炭斗ハ、チイサキサイロウ也、中ハハリ詰テ、炭ハ前置出シ、スシカイ灰ハサキヨリ初クルリト也、灰鉢ハ初カラ座中へ入置テ、灰ノ時、炭斗押ノケ、灰鉢ロクニ御置候、タキ物 クヘ所ハ如習也」
炭を置いた後で、灰器を取り上げて灰を先の方から手前に向かって、ぐるりとかけまわす、灰器は最初から旅中にあったらしく、灰をまくときは炭斗を押しのけて灰器をまっすぐに置くといっています。灰器の種類は書かれていませんが、灰の仕様が書かれた珍しい資料です。 遠州はまた、正保三年(一六四六)五月二十八日に多賀左近と中沼左京の二人を招いた朝会を催します。風炉の季節の茶会で次のような炭手前を見せています。
「ちいさき菜籠、頭をきざみたる唐かね火箸
灰鉢、こうばいの色薬掛リタルノ也
杓子、大小ニツ入テ
但、大杓子もいろりの時のよりハちいさし」
灰器は紅梅色の釉薬がかかった炮烙だというのですから、赤楽様のものと考えられます。遠州はその中に大・小二つの灰匙を入れて持ち出したことになります。
大の灰匙でも炉の灰匙よりは小さいと書いています。しかしこの頃になると風炉と炉の区別をしていることがわかります。
時代は下がりますが、稲垣休叟(一七七〇~一八一九)の著した『茶道筌蹄』の「炮烙之部」では、炮烙としての灰器に、壷の蓋を応用した甕の蓋や、島物、信楽などがまず挙げられています。
楽焼としては利休形となる素焼があり、風炉用としては薬懸りの楽焼があるといいます。また焼抜は楽家七代の長入が造った如心斎好が最初で、それ以前にはないともいっていますが、その当否についての言及は出来ません。
長次郎作と伝えられる灰器が伝世しているのはその故ですが、ほかに灰器の作者としては八田(半田)玄哉や松斎が天下一の称号を得て、天正年間(一五七三~-九二)に活躍しました。
また同時期に奈良風炉の作家であった三代西村宗全や弟の宗四郎、さらに上田宗品なども灰器の製作をしますが、特に宗四郎は秀吉より天下一の称名を与えられていることで有名です。その後江戸時代に入ると、その影響を受けた山城国の辻井播磨が遠州好の土風炉を製作するかたわら、灰器多く残しています。
灰匙同様、利休の時代から灰器にも炉風炉の区別があり、「長次郎」による灰器が残っています。「灰焙烙」とも呼ばれ「撒灰」をいれ持ち出すのに用います。
炉用には「素焼」「無釉焼締陶器」の物を、風炉には「施釉陶器」の物を用います。
炉用の代表としては古くは「八田玄哉」「樂家歴代の素焼」「備前、信楽」など国焼き無釉焼締陶器、「南蛮甕の蓋」等があります。
灰器は茶匠好みと並行して、南蛮や信楽、丹波などの転用品が混じります。
炉用には「素焼」「無釉焼締陶器」の物を、風炉には「施釉陶器」の物を用います。
7. 灰匙
炉、または風炉中を整えるため「灰」を撒くのに用いるのが「灰匙」です。利休以前は貝殻に木の柄を付け用いたとも言われますが、利休が炉、風炉の灰匙を好みます。石州公好の炉・風炉の灰匙があります。
炉、または風炉中を整えるため「灰」を撒くのに用いるのが「灰匙」です。『茶事秘録』に
「紹鴎カ比マテハ、小土器ヲ竹ニサシハサミテ、灰スクヒニ用ヒシヲ、利休カ作意」で柄を焼物にしたものや、銅で柄まで伸ばしていたものを、道安が柄を桑に代えたといっています。それをまとめたのが『茶道答蹄』の、
利休形 桑柄ニクロさし込
少庵形 桑柄ベウ打火色
宗全形 大判形、竹皮巻
仙叟形 同断大形也
長二郎形 赤楽焼、竹皮巻、延付焼なり
でとなっている記載です。利休好はさし込み、少庵好は桑柄の鋲打ち、宗全と仙叟形は大判形の竹皮巻と書いているが、この時代には炉用・風炉用は明確に区別していないことがわかります。これらの延長にある現代の灰匙には、風炉用を竹皮で巻いたものや、朝鮮砂張の食匙の他、大判・小判・南錂小判、煮黒目、鍍金、素銅・青銅などがあり、炉用は桑柄が中心で、明珍・徳元・中川浄益・大西清右衛門などの作が知られます。
利休以前は貝殻に木の柄を付け用いたとも言われますが、利休が炉、風炉の灰匙を好みます。
風炉用は「煮黒目」の柄まで金属製の物で柄の部分は竹皮で撒いてこよりなどで結んであります。
炉用は同じ煮黒目で大振り、熱を防ぐため桑柄に差し込み細い針金で桑柄ごと巻き付けて留めている形で作られています。「少庵」好みは逆に柄を覆うように作り釘で止まっています。抜けにくくする工夫でしょうか。
一般に見かける物はこの三通りが多いかと思いますが、他に「千道安」好の風炉灰匙は柄が利休の物より一,五倍ほど長いのが特徴です。
風炉であっても灰を撒く必要上からこのようになったのではないかと考えられます。
この系統は「金森宗和」「桑山宗仙」「片桐石州」「松浦鎮信」「松平不昧」等石州流系の好に受け継がれています。
その他、象嵌の入った物、小判などを模した物「七宝」や「砂張」など海外で用いられた「匙」の見立てなどもあり、なかなか多彩です。灰匙、火箸、鐶共に作者には金物師の「浄益」や「大西」「名越」「西村」「宮崎」家等「釜師」作のほか「徳元」「明珍」等がいます。
8. 水次
片口水次は「木地片口水次」を原点とし、片口水次では「春慶塗」「溜塗」があります。
会記によると石州公は「春慶塗片口水次」を多く用いておられます。
利休が野良で用いられる薬鑵をヒントに作らせた「腰黒薬鑵」や「御所薬鑵」「大内薬鑵」とも呼ばれる「鍍金」を施した物また「唐物」「モール」の類もあります
→ 茶道具一覧・水屋道具(水次)
9. 底取・長火箸
風炉や炉の中の灰を出し入れするのみ用いるものが「底取」です。炉用風炉用の区別はありますが、炉用での兼用も可能です。炭所望や廻り炭の時には客前にも持ち出す大事な道具です。
「長火箸」は水屋から席中の風炉や炉に下火を入れたり、途中で火を直すときなど、必要不可欠な道具です。底取同様、炭所望や廻り炭の時には客前にも持ち出す大事な道具です。
10. 筋半田、巴半田
炉の「炭所望」で使用する「筋半田、巴半田」を一双とし楽焼などで出来ています。釉薬のかかった物が「筋半田」素焼きの物が「巴半田」と呼び炉中の底の灰を取り、整えるための物です。
「炭所望」「廻り炭」等に使用します。「底取」「長火箸」を添え用意しましょう。
※石州公晩年の茶会記には後炭所望がほぼ毎回記載されています。
11. 茶の湯の炭
近年は便宜性を優先するせいか、電熱器の発達でホテル等でのお茶会のみならず、目頃のお稽古まで火を使わない方が増えているようです。
南方録の冒頭に「薪を取り湯を沸かし」とある事も周智の事ですし、利休の言葉として盛んに湯相、火相を事細かに述べているのは茶の湯という言葉が示す通り決しておろそかにしてよいことではないように思われます。釜の煮え音を松風と称する事はご存知かと思いますがその他にも各種の表現で煮え音、沸き具合等を表わしてきましたがこれをスイッチのオンオフで済ましてよい事ではないと思います。
時の移ろいの無情感を感じるために、利休が当時、白炭といわれていた軟らか炭であるクヌギの炭を用いられたと聞いております。
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12. 炉の灰 風炉の灰
茶人は火事になると真っ先に灰を持出した、ともいわれる灰ですが、火事になれば全てが「灰」になってしまうのにと思われなかったでしょうか。茶湯で使う灰は昨日今日炭から灰になったものではなく永年茶人が端正込めて手入れしたものであるからなのです。
手入れの仕方に関しては別の機会に譲るとして「灰」は茶人の手掛ける唯一の道具と云ってもよく、人をもてなすために丹精込めて仕上げるものなのです。
灰はそれを見ればその人の茶に対する心入れが判るとまでいわれるほどの道具です。良い灰ばかりは金銭で求める事が出来ないため昔から茶人はとても大切にし、箪笥に仕舞うとまでいわれています。火事や水害の際真っ先に灰を持出したともいわれるくらいですからその大切さがうかがえます。なぜそこまで灰に拘るかというと、「灰」は茶人の最も気持ち入れをする「湯相、火相」に大きく関わるからです。
炉に用いる灰と風炉に用いる灰はおのづと異なってきますが、いづれの流儀も「風炉」に用いる灰は肌理(きめ)が細かく柔らかな「帛紗灰」などを用い「炉」には「霰灰」「粒灰」を「湿し灰」にして用います。
炉、風炉とも手入れを良くし長年たった灰は見事なもので侘び茶人の求める理想はそこに現れるといっても過言ではないでしょう。
また、灰に至っては毎年手入れを欠かさず、永年使用してきた灰はその灰を看ただけで頭が下がるものです。
茶事の初座はこれら亭主の思いを受け止める意味でも重要な事柄が多くちりばめられています。炭の美しさ、灰の手入れをことのほか賞翫し、賞賛したいものです。
13. 練香 香木
茶湯では、茶席を清めるべく茶会の前や炭手前の後に風炉中または炉中に香を焚き、床の掛物に対する献香や香道の形式を取り入れた聞香も行ないます。すなわち茶湯の香には宗教性と嗜好性の両面があり、茶湯独特の焚香の世界が成り立っています。
炭手前では、炉中や風炉中に香を焚きますが、香の種類にも炉・風炉の区別を付け季節を楽しむ風情もあります。